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徽宗 [お茶にまつわる話]

天下の風流天子の徽宗を”茶人”と言うレベルに区分して良いものかどうか?と言う点があるので……

とりあえずは、「お茶にまつわる話」という事になるが

以前に触れた「茶事遍路」……これは、「茶聖:陸羽」の事がメインに書かれているが…
その他に、”徽宗”の団茶の高級化→抹茶への道のりという事も触れられている。

徽宗の宣和時代をもって、文化の一つの爛熟期とするのが定番ではあるが…
その爛熟ぶりと細密ぶりは、「東京夢華録」や「清明上河図」などを見ていけば分かる事だが
一つのキーワードとして、”細分化””分業化”と言うものも背景に色濃く流れている。
それは、先の「東京夢華録」や「清明」でも現わされているが、「商業」の発達という事と無縁では無いだろう。

政府と結びついた、一つの商業資本による隆盛とそれに伴う付帯産業(サービス業)の細分化
と言う図式により、さまざまな”かゆい所に手が届く”と言う価値体系においては、「野太い」ものよりは「繊細」なものが好まれてくる。

”徽宗期”における「団茶」→「碾茶」と言う流れが生まれ、今の「抹茶」的な「お茶」に遍移していったと言うのも、大いに、と言うところ。

徽宗の政治的な失策と、それに反比例するかの芸術的な偉業と言う点については言うに及ばずではあるが
その”贅沢病”の故に「抹茶」と言うものは生まれてきたと言う事も可能だろう。
馬鹿馬鹿しい話ではあるが、一つの真理として、”大いなる無駄をしなければ、一つの形にもならない”と言う事は多々ある事………

翻ってみれば、日本の「お茶」も、室町の東山殿から始まって、安土桃山時代の壮麗な”消費”と言う部分を土台に生えている事は疑う部分ではない。

そう言う意味での、野太い生命力が、実は”抹茶の細かい繊細さ”の中に含ましめていると言うのは、非常に面白い事であろう?

徽宗の手による「大観茶論」は、まさに「碾茶:抹茶」の誕生をよく記すものであろう。
栄西の手によりもたらされた喫茶の文化は、その前の徽宗期に練られていたものであった……と言う点に
一つの面白さをも感じるが…(四つ頭茶会と言う形で残ってもいるが)

その円状に波及する面白さと、歴史的な背景の同質感と言うものの不思議を感じる……

「お茶」は、楽しいもの
そして、その歴史や思想に触れる事で、また更なる深みを見出すもの……(・▽・)

風流天子としての”徽宗”は、蕭々八景図や桃鳩図の中に見出すだけでは無い…
そもそもの”粉”と言う原点にも見出せる……と言うのが、その面白味でもあろうか…(w


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