七官青磁 [茶器]
「青磁」と聞けば……”馬蝗絆”と言う位に、青磁の位置づけは高いものがありますが……
単に、「青磁」と言っても、なかなかに区別が難しい部分ですが…
日本においては、特に「七官青磁」が珍重されている(?)と言う事もあり……
「七官青磁」って……なんですか? (・▽・) みたいな(w
日本において、重要な「青磁」の分類としては…「砧青磁」「天竜寺青磁」「七官青磁」と都合三種類。
(※ 但し、最近では、この分類を始め……色々と相対的な部分も)
【砧青磁】:南宋
【天竜寺青磁】:元初~明初
【七官青磁】:明末
と言う時代区分であります。
つまり、「七官青磁」と言うのは、明朝が衰退に向かっている時代の「青磁」と言う事になる訳です♪
「青磁」の出来不出来と言う事で言えば…「南宋期」の「砧青磁」の方が完成度が高いのですが…
(※ もっと細かい事を言えば…かの風流天子 徽宗 の時の汝官窯のモノの方が良い)
日本で「茶の湯」「茶道」が確立して行ったのが「明朝」の後半~「清朝」の初期と言う事になるので
時代的に「七官青磁」がもてはやされると言う事にもなった訳です(「呂宋壺」と同じ考え方ですね)
また……これも、不思議な部分ですが…何故か、「官窯」のモノでは無く、「民窯」のモノである「龍泉窯」のモノが好まれていた…?と言う不思議 (・▽・)?
これは、「官窯」のモノが入手しづらかったと言う事もあって…(多分に、官窯の物は明朝の宮中ないし、勘合貿易で入手と言う経路だったかと思いますが…その頃には、勘合貿易も途絶えがち…と言う事情も)
「民窯」の「龍泉窯」のモノが入手しやすかったと言う事になるのかと思います。
と言う事で…?
日本の「茶道具」としては「七官青磁」が、一番…「侘び」…?に向いていた……
と言う事になるのか、と。
※ 「王朝の茶」と言う事では…「砧青磁」と言う事になるのだと思いますが (・▽・)/
( 東山文化の影響を受けた「足利将軍家」「大内氏」等が”青磁○○”と言うモノを保持しているのも、当然にその流れと言う事かと…)
単に、「青磁」と言っても、なかなかに区別が難しい部分ですが…
日本においては、特に「七官青磁」が珍重されている(?)と言う事もあり……
「七官青磁」って……なんですか? (・▽・) みたいな(w
日本において、重要な「青磁」の分類としては…「砧青磁」「天竜寺青磁」「七官青磁」と都合三種類。
(※ 但し、最近では、この分類を始め……色々と相対的な部分も)
【砧青磁】:南宋
【天竜寺青磁】:元初~明初
【七官青磁】:明末
と言う時代区分であります。
つまり、「七官青磁」と言うのは、明朝が衰退に向かっている時代の「青磁」と言う事になる訳です♪
「青磁」の出来不出来と言う事で言えば…「南宋期」の「砧青磁」の方が完成度が高いのですが…
(※ もっと細かい事を言えば…かの風流天子 徽宗 の時の汝官窯のモノの方が良い)
日本で「茶の湯」「茶道」が確立して行ったのが「明朝」の後半~「清朝」の初期と言う事になるので
時代的に「七官青磁」がもてはやされると言う事にもなった訳です(「呂宋壺」と同じ考え方ですね)
また……これも、不思議な部分ですが…何故か、「官窯」のモノでは無く、「民窯」のモノである「龍泉窯」のモノが好まれていた…?と言う不思議 (・▽・)?
これは、「官窯」のモノが入手しづらかったと言う事もあって…(多分に、官窯の物は明朝の宮中ないし、勘合貿易で入手と言う経路だったかと思いますが…その頃には、勘合貿易も途絶えがち…と言う事情も)
「民窯」の「龍泉窯」のモノが入手しやすかったと言う事になるのかと思います。
と言う事で…?
日本の「茶道具」としては「七官青磁」が、一番…「侘び」…?に向いていた……
と言う事になるのか、と。
※ 「王朝の茶」と言う事では…「砧青磁」と言う事になるのだと思いますが (・▽・)/
( 東山文化の影響を受けた「足利将軍家」「大内氏」等が”青磁○○”と言うモノを保持しているのも、当然にその流れと言う事かと…)
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