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聖と俗と…… [思潮]

何やら…クリスマスの様なタイトルになってしまっているが…

お茶の「侘び」「さび」と言う事や…茶聖利休ほか諸々の事を考えて行くと…

「茶室」が一つのサロンと言う事は…ほぼ正しい認識…と言う事になるような気がする…(;一_一)

信長が存命をしていたのであれば…「サロン」と言う訳にはいかなかったような気がするが…?

そこは、後継者の秀吉の性格と言う事があって、どちらかと言えば自由闊達な「茶風」と言うものを

利休が確立できた事は大きいだろう。

要するに…利休の個性や思潮が尊重される土台であったと言う点が大きいとは思われる。

そう言う意味で「秀吉」が茶道・茶の湯の大成・成立と言う事に果たした”背景的な役割”と言う事は非常に重要なモノがあるのであり……

「秀吉」と「利休」だけが、奥義を伝える資格を持つと言う事もその辺の裏付けと言う部分にはなるのだと思うが……

彼ら二人の軸足が、同じ同心円上にあった場合には、その齟齬が破たんをしなかったが……

両者のベクトルが違う方向を向く…と言う段階になって行く事で…「茶道」「茶の湯」に別な意味でのウネリや動きが現れていったと言う事も、また一つの事実であろうか……

「茶の湯」「茶室」が持つ、ベクトルの転換をする……つまり…「黒きモノ」と「赤きモノ」が混沌とする…

と言う時空を創り出す事が…「茶の湯」のある意味の本質的な部分でもあるのだろう……と…

ちょっと…格好良い事も書いてみる? (w (〇^ー’)b
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