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松永久秀と言う人 [茶人]

戦国期の梟雄として名高い”松永久秀”…またの名を”松永弾正”

かの織田信長曰く:「この老人は、余人が出来ぬ事を3つもしている油断の出来ない老人よ」

①:三好家での暗殺劇
②:13代将軍義輝の暗殺(永禄の変)
③:東大寺大仏殿への放火

この3点を、信長は家康に紹介するときのコメントとしてあげていますが……

一つの”下剋上”の体現者として、信長には「先輩格」として映ったのかもしれません。

とは言え……

他の逸話としては……?

【クリスマス停戦】

主筋である三好長慶亡き後の三好家の実権を握る闘いの中で、自分の形勢が不利であると観て、”クリスマス”を理由に停戦に持ち込みます……

これは、三好家が支配する「堺」を周辺に南蛮人の影響が大きかったと言う事と、畿内においてキリスト教がそこはかと無く、浸透していたと言う事でもあるでしょう。

しかし…? 実は、松永久秀自体は、以前にバテレン追放令を出していたりもするので……
何とも、御都合主義的な部分を感じるところではあります (;一_一)

【閨房術】

松永久秀を語る際に出てくる……「閨房術」……

曰く、逸話では、布団から首を出しつつ……部下に指示を出していた(?)いないと言う事から……

昵懇にしていた”曲直瀬道三”からの指南を受けて(曲直瀬の「黄素妙論」をベース?)著作にも励む…と言う事も……(@_@;)

まあ、要するに、まさに「数寄者」と言う事でしょう……

【茶の湯&爆死】

このブログの本筋としての「茶の湯」との関連であれば……

①:「九十九茄子」の所有者:これは、信長の畿内進行の際に信長に降伏のしるしとして献上……
②:「平蜘蛛」を巡る話し:2度目の謀反の際に、この茶器を渡せば助命するとの条件を蹴って爆死…(;一_一)
   爆死は兎も角も…「平蜘蛛」自体は本当に飛び散ったかは不明…とする説も……

③:「霜台」……茶会記では「霜台」と言う名称で参加しています…
   (永禄8年1月19日の茶会:利休も参加)


まあ、要するに”才人中の才人”であった、能ある鷹は爪を出す…と言う典型であったと言う事でしょう(w


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