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井上馨(井上世外) [数寄者]

近代的な「数寄者」の第一人者(文字通り…始めての人)として挙げられる「井上世外」

勿論…「井上世外」と言う名称よりは「井上馨」と言う方が通りは良いでしょう。

【長州閥】であり、長きに亘り「外務卿」として君臨。

名実共に、明治維新の元勲であると共に、元老として絶大な権勢を奮う……

と言う方ですが…その功績云々と言うよりは…? その人となりを書いて行きましょう。


【良くある誤解】

長州出身の維新の功労者と言う事で、「松下村塾」の出身と思われがちだが…実は「明倫館」の出身。(「明倫館」は藩校で、「松下村塾」は私塾)


【芸者の鏡で命拾い】

第一次長州征伐の折に、藩論の趨勢からか反対派襲われたが…その時、懇意にしていた芸妓の中西君尾から貰った手鏡により、急所を外れて命拾いした……
(維新の志士と芸者と言うのは、言わばセットの様な部分もあるが……まぁ何れにせよ…助かったのなら芸者遊びも良かったと言う事でしょう w)

秘書はシーボルトの息子たち】

自身の秘書は、かの有名な”フィリップ=フランツ=フォン=シーボルト”の長男と次男がなっている。

美術品蒐集】

欲しいモノがあった時に「是非欲しい」と言って貰ってきたと言う……半ば強引なエピソードがある(※ これに関しては明治天皇とのエピソードもある)

その甲斐があったかどうか(?)は不明だが(w

東大寺四聖坊にあった「八窓庵」が、取り壊されて風呂屋に薪として払い下げられようとする所を買い取ったり……

「十一面観音像」・「孔雀明王像」・「虚空蔵菩薩像」などの仏画
「徽宗皇帝桃鳩図」・「日観葡萄図」など宋元画

「松島」(茶壺)

等を蒐集するに至っている。



\(◎o◎)/!

勿論、自身が「三井系」との関連から「益田孝(鈍翁)」など、一連の「数寄者」に影響を与えた事は間違いが無い事は、特筆に値するし(w

かの”君台観左右帳記”の写しを持っていたのも”彼”であり…その、散逸が防がれたと言う面での評価もしてみたい(w

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