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自作の茶碗 [思潮]

茶道をやっていると心に浮かぶのが”自作の茶碗”……

自らの手ビネリの茶碗で茶を点てる…濃茶を練る…と言うのは一つの憧れであろうか?

勿論…今まで、何らの造形をやった事もないし…茶碗などを作った事も無い訳だが…

テレビや映画などで出てくる「轆轤」を使って作る訳では無い分、轆轤の技術云々では無くて、手で作って行く実感と言うのは、その分、茶碗にも愛着が湧くだろうし…造形にも想いを致す事があるだろう。

“そんな日”が来る事を待ちつつ…茶の湯の稽古に励みたいものであります。(・▽・)/

利休時代の茶菓子 [菓子]

千利休の時代の茶菓子が、今の様な“豪勢なもの”で無かった事は有名な事だが……

それは「砂糖」の消費量・輸入量との関連は無縁では無いだろう。

残念ながら、「砂糖」を比較的に自由に使う事が出来るようになるのは、意外な事だが…

”江戸時代の中期”まで…待つことになる訳です。

さて……その様な事情からか…安土桃山時代の茶菓子は、(今から見れば)”変わったモノ”が饗される事になります。

例えば、「シイタケを煮たモノ」等がその代表例な感じになりますが……

果たして”抹茶”と「シイタケ」との相性(?)と言う事になると……「シイタケ茶」とか「昆布茶」…などと言う事が頭をよぎったりもします。


”アミノ酸”と”抹茶”との関連もあるのでしょうが……千利休当時の”茶請け”は、当時の激しい運動条件(労働条件:戦国時代)と無縁でも無いと言う気がします。

一番の「御馳走」→「塩分」と言う事が重視をされた…と言う見方も出来るでしょうか。


不自由の中の自由 [思潮]

茶道をして…茶の湯をして……

色々と約束事もあるだろうし…守らなければならない事も多いと言う事はあるだろう。

信長時代…秀吉時代の茶の湯は、今ほどの”縛り”も無いだろし…安土桃山時代と言う事を背景にしての豪放磊落で明るい感じでを根底に残すものでもあったのだろう…

それが…徳川時代の「幕藩体制」「秩序の維持」と言う事を重んじるにあたって…色々と変容をしてきた部分はあるのだと思う。

それが…江戸時代以降の”茶道”にも現れてくる処であろうし……

それは、一見「約束事」を表面に押し立てて…「内面における自由を確立する」と言う企みのようにも見えてくる訳である。

モノ事は「表裏一体」「不即不離」の関係にあるとは思うが…要は、その捉え方ではないだろうか?

”柿”と”西瓜” [菓子]

先日からの話の続きにもなるが…

「柿」と「西瓜」は、日本の茶菓子を語る上で重要な菓子の一つではあるが……

これを“水菓子”と言う事で、そのままを食することが”最上”と言う感じにはなるが…

なればこそ「茶菓子の形」で食べたいと言うのが人情と言うものでしょう。

しかし……「柿」と「西瓜」を「水菓子」以外の御菓子にするのは…難物…

これは、「柿」と「西瓜」に特有の水分によるところが大きい訳ですが…

今の所…色々な「柿」や「西瓜」を使った(模した)御菓子を食べても…なかなか納得がいくのも少ないですかね…

…と言う事もあり…”フランス料理”で何か可能性は無いかな…?と想うのだが…

これも…シェフに相談すると…

(;一_一):「難しいです…何回かやった事があるんですが…味が淡白なので、逆に難しいです」

と言う御言葉を……

と言う事で、実は、人生の一つの目標に「柿」と「西瓜」の御菓子を食べると言う事があったりする訳です(w
タグ: 西瓜

水菓子 [菓子]

ここの所…少々汗ばむ様な日も出てきて…“果物”を冷やしたモノが美味しい♪
と言う感じですが……

この暑さの中…“西瓜”などを頬張りながら思うのは…
「西瓜の水を含んだ甘味」は身体を良く冷やしてくれるなぁ…と。

これは、「水を含んだ上品な甘さ」と言う事と…「食べて身体を冷やしてくれる」と言う“二本柱”の美味しさな訳ですが…

今のように「甘いもの」「冷たいもの」が無く、そもそも“ペットボトル”や“水道”などが無い中での”貴重な水分”と言う事ですから、暑い中で“西瓜”を食べる…と言う事の贅沢さは、想像に難くは無い訳です。

そう言う”果物”を日本では「水菓子」などと呼んだりもする訳ですが…
それは、単純に日本的な表現の美しさ(巧さ)と言う事に留まらず、そもそもの”菓子”が果物に由来をしている…と言う事を改めて感じさせてくれる部分でもあります。

「利休と西瓜」……と言う事は、大分前にこのブログでも書きましたが…

”西瓜の砂糖をかける無粋さ”を利休が怒ったのも、今の暑い時期の「水分溢れる甘さ」を味わうならば…よくよく分かるような気がする訳です。


利休の創意 [利休にまつわる話]

利休の創意として挙げられるモノの一つに「棗」があるだろうか…?

今の黒ベースに傾いて行く契機にもなったのだろうが…

その”黒さ”と言うものを考えると、果たして、今とは違って電気が無い時代での茶室で、どの様に見えるのだろうか…?と言う事が気になる部分ではある。

今の現代人とは違って…もっと目も良かっただろうし…遠目も利いたであろうが…茶室の薄い障子を通してしか入らない「光」の中での「棗」の動きは、なかなか想像が難しい。

ある意味…? 金での蒔絵や沈金をしたりすると言う事であれば、それが光を反射して「棗」を浮き彫りにするのは分かるのだが…全くの「黒」である場合には光の反射を考えるのは難しい。

そう言う意味で…「棗」には、利休の作意を感じる…訳なのだが…

果たして…それは何だろうか…?と考えると…やはり「集中力を高める」と言う部分+「黒は没入するカラーリング」と言う事を掛け合わせているのではないか…?と思う部分ではある。


”利休に尋ねよ” [本]

「利休に尋ねよ」と言う本を読みました。

利休切腹の日から遡って行くと言う構成も面白かったのですが…彼を取り巻く様々な人物の視点が面白い所でありました。

”何故利休の茶は美味いのか?”
”何故利休の茶は巧いのか?”
”何故利休の茶は惹かれるのか?”
(上二つは、別にかぶってはおりませんのでw)

と言う部分での「黒田官兵衛」「徳川家康」「石田三成」……etc
各人の思考と視点がなかなか……

”利休”を色々な角度から浮かび上がらせる…と言う事でしょうか…

その多面的な魅力を「人をして語らしむ」……と言う点がオムニバスで描かれていて…
”重層的”なのも面白い。


これは…あくまで個人的な趣向ではありますが…

「細川幽斎」と「細川忠興(三斎)」とのやり取りは…「古今伝授」を受けた「幽斎」ならではの視点と共に…「利休の利休たらんとする所以」が垣間見えるようで…気に入っている部分ではありますか。

”所謂ひとつのミステリー「利休」”と言うジャンルに切り込んで行くガイドとして、如何でしょうか? (●^o^●)

梅雨を控えて [菓子]

5月31日~6月1日にかけて行われる「更衣」…つまり衣替えですが…

茶道でも5月に風炉に入る様に、一般の衣服もこの6月に変わっていきます。

これは、「夏」を意識して…と言う事も確かでしょうが…その前段階にある「初夏」や「梅雨」を意識しての事…と言う”段階の発想”と言う事も背景にあるのかもしれません。

また、「更衣」と言えば…源氏物語などで想い出される「桐壺の更衣」の様に、”女性の女官”を表す言葉としても存在をしています。

何故に“女官”を「更衣」と呼ぶのか…は不明な部分が多いのですが…日本における”言葉の多義語性”と言う意味で取り上げてみました。

その”更衣”と言う多面性を活かした(?)と言うか…もじったモノとして…

「虎屋」から、この5月30日~6月1日にかけて出される茶菓子が「更衣」

更衣3.jpg

見た目からは想像ができないほど、ちょっと固めの主菓子でもあります。

全体にまぶされている”砂糖”が、下地の硬さと擦れて…まさに衣擦れの様なイメージを想起させてくれる一品であります。

タグ:更衣

昨日のお稽古について [お稽古に関して]

昨日のお稽古は……

(1):風炉薄茶
(2):風炉濃茶

と言うラインナップでのお稽古でしたが……”風炉薄茶”の方は久々の「運び点前」と言う事で……「中置き」がクローズアップ……と言う形で、冷や冷やは続きます☆

【本日の茶菓子】

お干菓子:「和三盆」で作られた”干菓子”で「モネ」と言う名前のお干菓子。
主菓子 :「小城羊羹」(村岡総本舗製)

モネ.jpg「モネ」

小城羊羹.jpg小城羊羹1.jpg「小城羊羹」
タグ:風炉薄茶

今日はお稽古の日 [お稽古の日]

今日はお稽古の日……(●^o^●)

PM13:00~21:00の予定♪


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