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枕草子の甘葛 [菓子]

古の甘味が「果物」や「草」にあった事は、有名な事ではあろうけれど……

”枕草子”にある「削り氷」に「甘葛」をかけたモノ……と言うクダリがある。

要するに”平安時代のかき氷”な訳ですが…(^◇^)

今と違って、砂糖の強烈な甘さが浸透していない時代の「甘さ」ですから…きっと、我々が今の時代の「甘さ」よりもインパクトが大きな「甘さ」だったのでは無いでしょうか?

夏の暑い日……クーラーも扇風機も無く…しかも、京都は盆地なので“寒暖の差”が激しい所だったでしょうから、”かき氷の涼”は何よりも”有り難い”ものではなかったでしょうか。

そして…プラス”甘み”の贅沢…と言うのは、まさに“王朝の甘さ(美しさ)”を垣間見る事が出来ますね。

ビスケット [菓子]

南蛮渡来の菓子の一つとして挙げられる「ビスケット」

スペイン語では「ビスコーチョ」と言い…“二度焼き”をする…つまり硬く焼いて保存用にしたもの…「乾パン」のイメージでもありますか。

今の御時勢でも「乾パン」は…余り見かけなくなりましたが……南蛮菓子の「ビスコーチョ」も…伝来当時は余り人気が無かったとか…

その辺は、保存食だったのか…他の南蛮菓子が眩しかったのか…は分からないですが(w

ペリーの黒船の来航時に振舞われている…と言う事を考えると…?

「船に由来するお菓子(保存食)」的な位置付け…として残ったのかな…等と思ってしまったりもする訳です。

「乾パン」→「甲板」に繋がりがあるかは不明ですが…(@_@;)……きっと何かあるのではないか…?と想像を逞しくするのも「南蛮菓子」の面白さでもありますね。

タグ:ビスケット

織部と魯山人 [茶人]

何となく…「織部」と「魯山人」に共通性を感じるのは私だけだろうか……?

共に“美”を愛し…美に耽溺した…と言う所の共通性は勿論の事…作風と言う点でも似ている様な気がする。

ここは…敢えて「気がする」と言う表現にとどめておきたいが…それは、魯山人自体が織部の作風にインスパイアーされている部分もあるだろうから…そう言う意味での“先駆者”は織部…と言う事になるのだろう。

ただ……”魯山人”に関しては”織部”に無い鮮烈な”自らの作意の実現をする作為”と言う事があるだろう。

単に陶工に指示をして作風を生み出した「織部」と…自らが土を捏ねて作風を作り出した「魯山人」とでは…その”拠って立つ立場”や”視点”も違う…と。

ま……そんな事が浮かんだりもしたので…(・▽・)♪

今後の「茶の湯」を観て行く視点にしていきたい…と想ったり。

タグ:織部 魯山人

濃茶の練り [お茶にまつわる話]

”美味しい濃茶”を飲む……と言うのは…なかなか難しい。

ま…それは…”美味しい濃茶”を練れる様になるまでの「回数」の問題…と言う事が一番の部分だとは思うが(w

やはり…ふんだんに”飽きるまで練る”と言う事は難しいのだろうから……

その”練り方””お湯の使い方”と言う事が一つのポイントになるのだろう。

この手の”ポイント”に一つの光明と言うか…何と言うかに「堀内宗心」氏の書物に…参考になるべき事がある…と。

”茶乃湯考”と言う、その書物に書かれている部分だが……

経験論的な事もさることながら…科学的な視点を背景にしての考察は、頷くべき所も多い。

”一期一会的”な観点からすれば…一回一回の濃茶を大事に…と言う部分に繋がっていくが…

その精神からすれば…”美味しい濃茶を練る”と言う事は…「お茶」そのものにも感謝する事にもなるだろうから……


“濃茶を練る”と言う所作に関して、精通していきたいものではある。

「長崎夜話草」 [菓子]

鎖国時代の”茶菓子”&”南蛮菓子”を知る上で出てくる「長崎夜話草」

「長崎土産」で有名な”南蛮菓子””唐菓子”がリストアップされている。

南蛮菓子の一例としては「ハルテ、ケジアト、カスティラ、ボール、花ボール、コンペイトウ、アルヘル、カルメル、ヲベリアス、パアスリ、ヒリョウス、ヲブダウス、タマゴソウメン、ビスカウト、パン」とある。

この中でも、近年は幾つかの「南蛮菓子」も復刻され…当時の様相を偲ばせてくれているが(「ハルテ」→”はるていす”、「ケジアド」→”けいじやど” 等など)

これらの南蛮菓子を復刻させたお菓子処の方がたの“情熱”と研究者の方がたの熱意に敬意を表する所だが…

これらの「南蛮菓子」(および「復刻された南蛮菓子」)などを見ると…当時の日本人は「相当にハイカラ」だった事が窺われる。

まず、「名前」もそうだが…「コンペイトウ」にせよ「カスティラ」にせよ…

今までとは違うイントネーションの言葉なのであるのに…それが100年も経つうちに日本にしっかりと馴染んでいる日本人の柔軟性にも注目だろうし…

また、「製法」も南蛮からの材料の輸入が厳しい中で日本風にアレンジをして(「カスティラ」の天火や……「ハルテ」のチーズ変わりの”カボチャ餡”など…)「製造」をしていったと言う”創意工夫”には頭が下がるだろう。

いずれにしても…元々の”南蛮菓子”とは違うけれども…”日本風の南蛮菓子”として取り入れて自家薬籠中のものにしていった点は、”如何にも日本人らしい”と言うエピソードの一端ではないだろうか?

タグ:南蛮菓子

くるみ餅 [菓子]

”胡桃餅”と言えば……”信長の野望家宝の一等級”の誉れ高きお菓子でもある。

しかし……その”胡桃餅”……

”胡桃”を使って作るのかと言えば……そうでは無い…(@_@;)

何となれば…”くるむ”+”餅”が、元々の語意であり……胡桃を使う”餅”の方は、今風の発展形であるとの事……

では……”くるみ餅“発祥の地の”堺”では…「何をくるむのか?」

それは、枝豆ほかの“豆”……と言う事なのだが……

実物を見ると…”何と!東北のずんだ餅”の様…(@_@;)

その辺に…文化の面白さを感じますが…(w

興味を覚えられた方は、是非”かん袋”と言うHPをご覧いただくと良いのかも。
タグ:くるみ餅

利休梅 [茶花]

この時期の”茶花”として、ピンと浮かぶ物の一つとして”利休梅(りきゅうばい)”が上げられるだろか?

”梅”の白さが可憐とでも表現したい所だが……どちらかと言えば”リンゴの花”の様な感じもする堂々とした感じが、また”利休”と言う表現と相俟って特徴的な感じがする。

まぁ…意外な所では”利休梅”……明治期に中国から入ってきた、まだまだ日本ではヒヨッコの花でもある訳です。

では…”何故に利休梅?”と言うかと言えば……利休忌の頃から咲き出すから…と言う事にちなんでですね。

ハイ…(^◇^)
タグ:利休梅

”若鮎” [懐石料理]

”若鮎”とは言っても…”茶菓子”の若鮎ではなくて”懐石”の方の”若鮎”である。

この初夏の若鮎の”美味しさ”と言うか…初々しさは、また格別のモノがある。

川魚特有の水の匂いを持つ鮎の味は、淡白ではあるが、自然の味を感じさせてくれるのに充分であろう。

しかし…鮎は、その淡白な味とは裏腹に川を上ってくる力強い魚でもある。

「年魚」「川魚」「遡上」「上品な」……と言う様々な背景を持つからこその”懐石”の一品に加わる”魚”と言う事になるのだろう。

そこは、まさに“旬”と言う言葉で表すのが適当な魚と言う事でもある。

そう言えば……”鮎”と言えば…こんな話もある。

室町幕府の管領であった「細川勝元」が”鮎”に関しては相当にうるさくて、どこの“川”で採れた魚か…と言う事を当てたと言う。

細川勝元の繊細さが窺われるエピソードでもあるが、単純に食べるだけではなくて、その他の”趣好”を楽しむと言う点でも、文化的な水準の高さを感じる所だろう。

まぁ……何かを食べて、あーだこーだの“グルメ自慢”になっては、それこその”興”がそがれる訳なので、そこは、それこその間合いが求められるのだろうが。

いずれにしても、季節の風物詩である”鮎”を楽しむ…と言う事が先ずは第一でありましょうか(w

タグ:若鮎

”砂糖”と茶菓子 [菓子]

日本の茶菓子の歴史を考えた時に…”砂糖の有無”と言う事は非常に大きな分岐点である事は周知のとおりだろう。

実際に砂糖が初めて日本に到来したのは…かの鑑真和上の来日時における“黒砂糖”と言う事になるが(孝謙天皇に献上)

日本では栽培技術や栽培地域に関する事も心許なく…本格的な生産の開始を待つ徳川吉宗の時代を待つまでは、もっぱら輸入でしか入らない”超貴重品”としての位置付けであった。

その後…南蛮菓子の到来などもあり…南蛮菓子への関心と同時に砂糖などの輸入も増えて行くが…まだまだ…南蛮菓子の後を追うと言う事で…砂糖の応用としては付け焼刃であったであろう。

そもそも……茶の湯に大きな影響を与える千利休の時分においては、まだまだ砂糖と菓子として認識をしていた…と言う事では無い事は、利休百会記における“果物”の存在などからも推察を出来るところだが、砂糖の持つ”刺激的”かつ”濃厚さ”甘さは、その後の日本の菓子文化に大きな影響を与えた事であろう。

今…茶菓子を観て…砂糖と無縁な茶菓子は殆ど無いと言えるだろうが…

だからこそ…でもあろうか…?

「茶菓子の甘みは柿を超えてはいけない」…と言う事も、逆に説得力を持つ…と思うのである。

”無制限”に使えるから使ってよい…と言う事は…”侘び””寂び”と言う事からも外れるだろうし……”人との交流”と言う本義からもずれるだろう。

あえて…”制約”を無理に課す必要も乏しいが…

お茶は、主客のせめぎ合い的な部分もある事を考えれば…その当事者との間での”範囲”で甘さを表現しても良いのだろう。

そこは”無制限”と“制限”との兼ね合いの中での

「甘いモノが好きな方には甘いモノ」
「甘いのが苦手な方には甘さを抑えたモノ」…

と言う“何時も通りの表現”にもなるが……”塩梅”と言う事でしょうか。

利休作の3つの花入れ [利休にまつわる話]

小田原征伐の際に利休は3つの花入れを作っている。

「園城寺(おんじょうじ)」「夜長(よなが)」「尺八(しゃくはち)」

伊豆の韮山の竹を用いて作ったものだが、「園城寺」は息子の少庵に、「夜長」は自分が、「尺八」は秀吉に…と。

この在り様から何を想像するか…は色々だが…”極めて素朴”に考えるならば…

「秀吉」「利休」「少庵」の仲の良さ(?)なり結びつきの深さを語る所だろう。

この「園城寺」には、秀吉が癇癪を起して投げつけた際の”割れ”がありますが…
(そこから…水が少し漏れるのが風情ともされるが…)

後に「三井寺(天台寺門宗の総本山)」が…秀吉から欠所を受ける事と相俟って…

何か…秀吉の心に、この「花入れ」と「利休」とに含む所が出来た…と考える事も出来るのでしょう。

それは、秀吉用にと作った「尺八」を、利休が自刃後に壊している…と言う事からも…何かを表象している…と。

タグ:花入れ

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